東京高等裁判所 昭和24年(ネ)606号 判決
控訴人等訴訟代理人は「原判決を取り消す。被控訴人東京都議会が控訴人山口久太郎、同山屋八万雄に対してなした昭和二十三年十二月二十七日附東京都議会議員辞職許可並びに被控訴人東京都議会議長石原永明が控訴人高木惣市、同西本啓、同秋葉保に対してなした同月二十六日附、控訴人長瀬健太郎に対してなした同月二十九日附、控訴人新井京太に対してなした昭和二十四年一月二日附、各東京都議会議員辞職許可はいずれもこれを取消す。」との判決を求め、被控訴人等代理人はしかるべき判決を求めると述べた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴人等代理人において、(一)地方公共団体の議会(以下單に地方議会と略称する)は單なる決議機関であつて、その議員は所属する公共団体の理事者がその区域内の行政に関する議案を提出したとき、これを審議することのみを職務とするものであり、都道府縣知事、市長、裁判官、檢察官、警察官等と異り、直接選挙の結果を左右し得るような職務権限を有するものでないから、衆議院議員選挙に関し地方議会の議員の有する権限を濫用する余地のないことは明らかである。從つて地方議会の議員が現職のまま衆議院議員を兼ねることは弊害がありとするも、單に衆議院議員選挙に立候補することは公益上の弊害の生ずる惧はない。もしこのことが公益上に弊害があり、選挙施行上公平を欠くと謂うならば、衆議院議員が現職のまま参議院議員、都道府縣議会議員、都道府縣知事等の選挙に立候補することや強大な権限と厚い政治的信用を有する国務大臣や政務次官が現職のまま国会議員選挙に立候補することは許されないわけであるが、これが法律上可能であるとすれば、地方議会の議員が現職のまま衆議院議員の選挙に立候補しても公益上弊害がないものと断じなければならない。(二)議会の議員は一般国民の信用に基く投票によつて選挙せられるものであるから、地方議会の議員が衆議院議員選挙に立候補するにつき現職議員の辞職を要求するような改正法律第六十七條第五項は、一般選挙民に対して信用の自由を犯しているものと謂わなければならない。一般選挙民は自己の選挙した地方議会の議員がさらに上級の議会の議員となることを希望しているから、上級の議会の議員に立候補するならば辞職せよとか、現職のまま立候補することによつて選挙の公平が害される等とは誰しも考えていない。こうした点から観ても同法條はきわめて非民主的で不当な法律である。(三)右法條の法案は、昭和二十三年六月二十八日当時の衆議院運営委員会委員長浅沼稻次郎等の提出にかかるものであり、現職衆議院議員が自己の強敵たる地方議会の議員が現職のまま衆議院議員に立候補することを防止し、選挙戰を有利に展開せしめんことを企図するものであつて、一気に成立せしめたものであり、立法権の濫用にほかならない。以上(一)(二)(三)の点からみても右法條が憲法違反の法律であり、これに基く辞職の申出に対する辞職の許可は無効であると謂わなければならないと述べた外、いずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(立証省略)
三、理 由
当裁判所のなす事実の認定及び法律上の判断は原判決の理由の部に記載しているところと同一であるからここにこれを引用する。当審において控訴人等代理人の新たに提出、援用した甲第二十五号証及び証人松崎権四郎の証言によつても右判定を左右するに足りない。なお当審における控訴人等の主張について按ずるに、(一)地方議会は決議機関であつて、その議員は所属の公共団体の理事者がその区域内の行政に関する議案を提出したときこれを審議することを職責とするものであることは控訴人等主張のとおりであるけれども、地方議会の議員はその議員の資格においてもしくは議員たるの地位を有するがために該団体の委員会の委員、その他公私各種の役員等を兼務することが通例であり、現職議員がその公共団体の理事者その他関係各方面に対し少なからぬ勢力を有することは公知の事実であつて、ましてや衆議院議員選挙に立候補する議員はとりわけ有力者であることが普通であるから、その影響力も大なるものがあると推察せられる。そして選挙においてこの勢力を利用して自己の選挙を有利に展開せしめんとするならば選挙民をしてその自由な判断を誤らしめるような弊害の生ずることは予想しうるところである。しかも地方議会の議員が現職のまま衆議院議員選挙に立候補しうるとすれば、これは議員でない他の候補者にとつては一の特権と看られるであろうし、被選挙権の平等な享有を主唱する控訴人等の趣旨にも戻るものと謂わなければならない。衆議院議員が現職のまま参議院議員、都道府縣議会議員、都道府縣知事等の選挙に立候補することの可能であることは控訴人等主張のとおりであるが、もし被選挙権の平等な享有を徹底せしめようとすれば、むしろ衆議院議員のこの特権を取り除くことに努むべきであつて、かりに特権があるから吾れにも與えよと謂うがごときはとうていこれに左袒することができない。もつとも国務大臣や政務次官等が現職のまま衆議院議員選挙に立候補することができることは控訴人等の主張のとおりであるが、これは法律が国会議員との兼職を認めている点から謂つても現職のまま立候補しうるのは当然である。從つて右(一)の主張は理由がないものと謂わなければならない。(二)議会の議員は一般国民の信用に基く投票によつて選挙せられるものではあるが国家が公益上必要とあれば議員の辞職を要求するような法律を制定することも可能であり、改正法律第六十七條第五項は何ら選挙民の信用の自由を犯したものと謂うことはできない。なお国会と地方議会とはそれぞれその権能において差異があり地方議会議員の適任者必ずしも国会議員の適任者でなく、国会議員の適任者必ずしも地方議会議員の適任者と謂うことはできないし、国会議員必ずしも地方議会議員に勝つているとはたやすく断じえない。地方議会議員であつてその人格識見において国会議員に勝つている者の少くないことは明らかな事実である。また地方議会の議員となることは單に国会議員となるの階梯であると解することはできない。一般選挙民には自己の選挙した地方議会の議員が必ずしも国会議員となることを欲せず、むしろ地方議会の議員たるの矜と熱意をもつて長く地方公共団体のため挺身することを望んでいる者も少くはないであろう。もし自ら国会議員の適任者であることを確信し且つ当選に自信を有するならばいさぎよく現議員を辞して国会議員の選挙に立候補すべきである。当選を万一に僥倖し、もし落選せばそのまま從前の資格を保有しようとする謂わゆる泡沫候補の濫立を防止するためにも前法條はその制定について合理的根拠があるものと認むべきであつてその適法であること謂うを俟たない。從つて右(二)の主張も理由のないこと明らかである。(三)前規法條の成立経過が控訴人等主張の通りであつても、控訴人等主張の如き企図の下に立法権を濫用したものであると速断するこはできない。これを要するに控訴人等の右(一)(二)(三)の主張はいずれもその理由がないものと認めるから、これを採用してもつて前段判定を覆すことはできない。
よつて控訴人等の請求はいずれも失当であるからこれを棄却すべきであり、原判決は右と同趣旨に出て相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四條第九十五條第八十九條第九十三條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)